2020年10月30日

シャーマニズムとしての魔女宗

中世から近世のヨーロッパで注目され、誤解され、弾圧された「魔女(ウィッチ、ウィッカ)」の宗教は、「魔女宗(魔女術、ウィッチクラフト)」と呼ばれます。

ですが、「ウィッチ(witch)」という言葉には「妖術師」というニュアンスがあるのに対して、「ウィッカ(wicca)」は、「賢い女性」という意味で、ドイツでは「ヴァイズ・フラウ(weise frau)」と呼ばれます。
また、イタリア北東では「ベナンダンティ(良き道を行く人達)」とも呼ばれました。

「魔女宗」の正体は、キリスト教以前のケルトなどの宗教的儀式や呪術的医療などを受け継ぐものです。
そして、それは、アルタイやシベリアなどのシャーマニズムからの強い影響を受けたものなのです。
魔女は一種のシャーマン的存在だったのです。

キリスト教は「魔女宗」を「サタニズム(悪魔崇拝)」だとしましたが、実際は、「ペイガニズム(異教主義)」でした。


魔女宗の中心テーマは、豊穣な自然の循環・再生です。
トランス状態で地下冥界に行き、悪霊達と戦って穀物の種(穀霊)を持ち帰る、というユーラシア各地で見られるシャーマンの新年儀礼などに、魔女宗の原型的な姿を見ることができます。

ヨーロッパ中世には、男女別々の魔女の秘密結社がありました。
魔女の宗教のメンバーには、もちろん女性だけでなく男性もいました。

魔女達はベニテングダケや麦角などの幻覚性の飲食物をとったり、体に軟膏をぬったりして、シャーマンのようにトランス状態になりました。
魔女達はシャーマンと同様に、パワー・アニマル(スピリット・ヘルパー)に変身したり、それに乗ったりして霊的世界に飛びます。

女性の魔女は、猫(女神フレイヤに仕える動物)や兎に乗ることが多かったようですが、箒に乗って飛ぶことは、アルタイ/シベリアのシャーマンが、馬を模した棒に乗ることから来ています。

アルタイ/シベリアのシャーマンは、馬の霊に乗って天に駆け昇ることを、馬の毛や頭を模したものを先端につけた棒に乗ることで、象徴的にパフォーマンスしたのです。
魔女の箒は、これを出産の象徴でもある箒に替えたものです。
ですから、正しい箒の乗り方は、掃く部分を頭にして、柄に軟膏を塗るのです。


魔女達が行った行為は、地域によって差があります。
ヨーロッパの北方では、魔女は飛行する者というイメージが強く、個人主体で、男性重視、狩猟文化の影響が大きいものです。
一方、南方では、魔女は魔術師、占い師というイメージが強く、集団行動主体で、女性重視、農耕文化の影響が大きいものです。

女性の魔女は、ヨーロッパの西部では、女神(ディアーナ、ペルヒタ、ホルダ、フレイヤなどの各地の月神や豊穣神、地母神など)が動・植物を再生させるのを助けたり、悪い魔術師達が麦の芽を奪ったのを取り返したりしました。

一方、東部では、女神に付き添って巡り歩く旅を行いました。

男性の魔女は、オオカミに変身したり、地下世界に降りたりして、男神(主神や有角神など)が豊穣を害する悪魔達と戦うのを助けたりしました。
これが狼男(狼憑き)の本来の姿です。

また、男神が率いる死者の群れに関わる場合もあります。
これらの集団は、「狩猟」とか「軍勢」、「結社」などと呼ばれました。

ヴォータンのような天の主神が、嵐の夜に死霊の群れを引き連れて「狩り」をして暴れるといったゲルマンの死霊信仰があります。
一方、年末などに祖霊がやってきて、悪霊(死霊)を追い払い、年を更新して新年を祝う信仰があります。
死霊の群れは、シャーマンが戦い、導くべき存在のはずです。


このような魔女の集まりは、「サバト」と呼ばれましたが、この言葉のもともとの意味は、ユダヤ教の「安息日」、イタリア語では「土曜日」のことです。
「サバト」は、シャーマン的魔女達がトランス状態で、魂の世界で、もしくは、現実世界で集まって行うものでした。
これは、キリスト教以前の伝統的な農耕・狩猟儀礼と関連していますが、その秘儀的な部分です。

「サバト」には、一ヶ月毎に行うものと、一年の祝祭として4-8回行うものがありました。
ベナンダンティは、年に4回、悪い魔術師達(マランダンティ)と戦いました。

2020年10月29日

ケルトのシャーマン的神話

ケルト人はゲルマン人が大移動する前にヨーロッパに住んでいた先住民です。
ケルト人はインド・ヨーロッパ語族に属しますが、その宗教や神話については、あまり良くわかっていません。

ケルト人は農業・牧畜文化を持っていましたが、古層には狩猟文化の残存も見られます。
そして、そのコスモロジーには、シャーマニズムの影響も見ることができます。


ケルト神話では、世界の中心に生えるイチイが世界樹であり智恵の樹です。
イチイの樹の果実が泉に落ちて、それを食べた鮭が智恵を得ました。
また、この樹は魂の樹をも呼ばれます。

ケルト人は、馬を聖なる動物として重視しました。
ケルト人にとって、魂を天に運ぶのは馬です。
ケルトでは、「エポナ」や「リガントーナ」のような馬の女神が重視されますが、彼女達は死者を乗せて他界に運びます。

ケルトの地母神(モーリーガン、マトロナ、ブリギット…)とカップルとなる男性神は、動物の主である鹿の角を持つ神「ケルヌンノス」、あるいは、祖神の「ダグダー」です。
ケルヌンノスは冬に地下で地母神と交わり、春には角をはやして地上に現れます。 ケルヌンノスは、「動物の主」のような存在です。

ケルトの重要な神器に、「ケルトの大釜」と呼ばれるものがあります。
至高神である「ダグザの大釜」とも呼ばれます。

アイルランドやウェールズの神話伝承では、これは豊穣と再生の象徴です。
つまり、食物を生み出し、死者を生き返らせます。

また、予言と知恵の象徴でもあります。

大釜には、生贄の血を注いだり、その中で溺死させたりしたという伝承もあります。

おそらく、大釜は、シャーマニズム世界観で「動物の女主」が持つ、動物を無限に産み出す袋や鉢のケルト版でしょう。
また、大釜は、聖杯伝説の聖杯の観念のもとになった要素の一つでもあります。


ケルトの司祭・神官は「ドゥルイド」と呼ばれ、様々な儀礼や予言を司りました。
ドゥルイドはシャーマンではありませんが、ドゥルイドの中にはシャーマン的な側面を保持している者もいました。

鹿の角の付いた頭飾りが見つかってので、鹿に変身するシャーマンの存在が推測されます。
また、アイルランド南部の偉大なドゥルイド、モグ・ルートは魔術師で、雄牛の皮と鳥の頭飾り・翼を身につけて、空を飛ぶと伝えられています。
他にも神話に伝えられるあるドゥルイドは、鳥によって神託を得たりしたとされます。

伝統的なケルトの宗教(ドゥルイディズム)は初期近代に消滅したと思われます。
ですが、しばらくして、その復興運動が起こり、現代では多数のネオ・ドゥルイディズムの団体が存在し、オーディニズムやウィッカなどのネオ・ペイガニズムと連動した活動を行っています。


アーサー王神話群にも出てくる魔術師の「マーリン」には、ドゥルイディズムとキリスト教の習合によって生まれた伝説的人物です。
「マーリン(ミールディン、メルジン)」という名前は、「メルクリウス」(シャーマン神であったヘルメスと習合したローマの神)から来ているのかもしれません。
彼の伝説にもシャーマンを思わせる要素があります。

マーリンは、鳥の姿で現れた精霊を父にして生まれます。
彼はアーサー王などに仕え、様々な予言をしました。
彼は金の竪琴で歌う詩人でもありました。

ですが、戦争で人が死ぬのを見て精神を病み、森の中に籠って動物達と暮らして、様々な動物に変身しました。
冬の間は妹と共に館に暮らし、夏には森を駈けました。

様々な動物に変身すること、予言や竪琴は、シャーマンの特徴です。
マーリンにはケルヌンノスの特徴も投影されています。

マーリンは、湖畔の女の精霊を愛し、彼女に病気治療や動物と話をする方法、雨の降らせ方や魔法を教えました。
ですが、彼女に教えた魔法によって、彼女のもとに永遠に閉じ込められてしまいました。
病気治療、動物の言葉、雨乞いは、シャーマンの典型的な特徴です。

2020年10月28日

ギリシャのシャーマン的神話

ギリシャ人はインド・ヨーロッパ語族に属しますが、ギリシャ神話には周辺の諸民族の影響も取り入れています。

ギリシャ神話の宇宙論には、直接的にはシャーマニズムの宇宙像を見つけることはできません。
ですが、シャーマン的な性質を持つ神や英雄はいます。


最もシャーマン的な神は「ヘルメス」です。
ヘルメスの中のシャーマン的要素は、以下のような神話に現れています。

ヘルメスは洞窟にいた女神を母に、天空神ゼウスを父にして、早朝に生まれてすぐに洞窟から出ました。
彼は夜のうちに神々の山にいるアポロンの牛を盗んで殺し、洞窟の屋敷に戻って2頭を神々に捧げました。

洞窟の女神や、動物を盗む、動物を捧げるというのはシャーマンの特徴です。

また、ヘルメスはその出口で見つけた亀から最初の竪琴を作り歌いました。
彼はアポロンの怒りを竪琴で鎮めたので、アポロンに竪琴を渡す代わりに牧人として認められました。

シャーマンの楽器としては、ドラムやガラガラが最も多いのですが、竪琴もシャーマンの楽器でしょう。
古代の日本の巫女も琴で神憑りしました。

また、ヘルメスは、パルナッソス人の3姉妹の予言、動物の支配権、冥界へ赴く使者の役、神々の使者の役を得ました。
そして、「魂の導師」と呼ばれ、黄金の杖によって人々の魂を導きます。

予言、動物の支配、冥界と神々の使者、魂の導師は、シャーマンの特徴です。

また、テッサリア地方の神話では、ヘルメスは男根の石柱で表され、大女神の息子であり恋人です。
太母(動物の女主)の恋人(男根)は、シャーマンの特徴です。


英雄神「ヘラクレス」にも、一部にシャーマンの性質があります。

彼が行った偉業の多くは、牛や鹿などの聖獣(怪獣)を奪うことや、冥界の番犬ケルベロスを退治して冥界に捉えられていたテセウスらを助け出すといったものです。

これらはシャーマンの要素と似ています。


秘儀の創始者と言われる伝説の人物「オルフェウス」にも、少しシャーマンの要素を見ることができます。

オルフェウスは、死んだ妻を助けようとして冥界に降り、竪琴で冥界の存在を魅了しました。
残念ながら、途中で後ろを振り返ったために失敗しましたが。

また、彼はディオニュソスの秘儀の女性信者達によって八つ裂きにされ、彼の首は川に流されました。
ですが、彼の首はレスボス島に流れついて、ディオニュソス神殿に埋葬されましたが、予言を下し続けました。

魂を取り戻すための冥界下り、竪琴、八つ裂き、予言にはシャーマンの要素があります。