沖縄の池間島には、典型的なシャーマン的コスモロジーが伝えられています。
これは沖縄地方のコスモロジーの典型ではありませんが、驚くほどよくできた、素晴らしいコスモロジーです。
松居友「沖縄の宇宙像」を参照してこれを簡単に紹介します。
<沖縄・久高島の宗教文化の成り立ち>
その前に、沖縄地方の久高島の宗教文化の成り立ちについて概説します。
久高島は、琉球列島の中央に位置し、近年に至るまで豊富な儀礼を残し、その研究もされてきました。
そのため、沖縄地方の典型的な宗教文化の成り立ちを知るために適しているのです。
久高島の宗教・儀礼は次のような3種類に分類できます。
この島の、そして、沖縄の宗教文化は、こういった複数の文化が複合したものだと言えます。
(祭祀者) (祭神)
1 ソールイ :竜宮神
2 ムトゥガミ:ニライカナイのムトゥ神
3 ノロ :天上の祖神
1は、漁撈を行う男性の年齢階梯結社である「ソールイ(ソールイガナシー)」が、主に海底他界と考えられる竜宮の神を祀ります。
この神は、漁撈の神であり、蛇神です。
彼らは、竜宮(外洋)からの来訪神(マレビト)の祭祀を行います。
この祭祀は、八重山諸島のアカマタ・クロマタ祭祀などと同類のものです。
これらは、先オーストロネシア的な地中から始祖が出現したとする神話を持ち、芋類などの根菜栽培を行う、東南アジア系の文化であると考えられます。
2は、「ムトゥガミ」という男女の神職が、海上他界で死者の世界でもある「ニラーハラー(ニライカナイ)」の神「ムトゥ」を祀ります。
彼らは、「ニラーハラー」から来訪する「アカハンジャナシー」の祭祀を行います。
「ムトゥ」は「始祖家」という意味で、「ムトゥ」神は、島の創世の始祖神です。
この神は、兄・妹(あるいは夫婦)の2人の神で、氏族を守ります。
来訪神は神女(タマガエー)に憑依しますが、彼女達は、沖縄地方で「ユタ」と呼ばれる霊媒(憑依型シャーマン)です。
この祭祀は、沖縄本島の海神ウンジャミの祭祀と同類のものと考えられます。
これらは、海上他界と蛇霊信仰を持ち、漁撈を行う、南中国系の文化であると考えられます。
3は、女性神職の「ノロ」が、御嶽(ウタキ:沖縄の神社)で、天の神と、祖母霊を祀ります。
天の神は、沖縄地方では一般に「オボツ」の神と呼ばれ、一人の男性神、もしくは、7人の神とされます。
「ノロ」は、死後、「ニラーハラー」の神の承認を受けて、御嶽に守護霊として戻ると考えられています。
祖母霊というのは、先代のノロの霊です。
これらは、天の神が地上の聖地に常住する信仰を持ち、麦作を行う、北方系の文化であると考えられます。
「ノロ」の制度は、琉球王朝によって5世紀ほど前にもたらしたもので、階層的な組織になっています。
「ノロ」は、本島から派遣された「外間ノロ」が仕切り、島の祭祀を担います。
島のすべての主婦は、30-41歳になると「イザイホー」という儀式を経て女性神職である「神女(タマガエー)」になり、やがて「ノロ」に参加(池間ノロ)します。
主婦であるノロは、祖母の霊を祀り、家庭の祭祀を担います。
それとは別に、若くしてシャーマン病のような状態になった女性は、ユタの判断で、「ムトゥガミ」になり、氏族の祭祀を担います。
また、沖縄には、「オナリ信仰」というのがあって、これは妹が兄を守護するとする信仰です。
上記の3者の間では、「ノロ」が「ソールイ」の守護霊となるという関係で、「オナリ信仰」が表現されています。
*この項、主に吉成直樹「マレビトの文化史」を参照
<池間島の宇宙像>
池間島は、宮古島の北西にあるごく小さな島です。
この島の宗教文化も、上記のように複数の文化の複合を経験しているハズですが、それらが見事に統合されたシャーマン的な宇宙像を持っています。
世界は「天上」、中の国である「地上」、「ニッラ(ニライカナイ)」と呼ばれる祖霊(マウカン)のいる根の国である「地下」(地上と逆さまな世界)の3つからなります。
池間島の人々は北方シャーマニズムと同じく7を聖数にしていたためか、天球は7層で構成されています。
上から、太陽/月/北極星/オリオン座の3つ星/北斗七星/サソリ座/南斗六星に対応する天球です。
それぞれの天体が神でもあって、この7神が御嶽に祭られます。
(池間島の宇宙像)
天上
・太陽の男神
・月の女神
・北極星の女神ネノハンマティダ :中央
・オリオン座3つ星の男神ナイカニ :東
・北斗七星(天への舟)ウトゥユンバジュルク:北
・サソリ座の火の神ミサダメ :西
・南斗六星の蛇神(ニッラへの舟)バカバウ :南
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地上(中の国)
・中央の柱ナカドゥラ神
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ニッラ(根の国)
・南極星の男神ウマノハノユーヌヌス
太陽神は男神で、月神は女性です。
両神は常に天を巡り、地上にはやってこないので、御嶽には座がありません。
池間島は地上の中心であり、北極星の間には軸があって、これを中心に天球と地が回ります。
オリオン、北斗、サソリ座、南斗はそれぞれ東、北、西、南に対応します。
天に昇って北極星の穴を抜けて天上に上がると、山や湖があって北極星の女神「ネノハンマティダ」がいます。
湖の水は生命の水で、女神は生命の水の女神でもあるのです。
北極星の女神は地上の生命の生死を司る最高神的存在です。
地上の御嶽には北極星の使者の神(小熊座?)がいます。
北斗七星は霊魂を天に運ぶ舟です。
北斗は北から東を回って天に昇ります。
この舟は、地上⇔北⇔東⇔天上 の間を航海します。
東を示すオリオンの3つ星は男神で、天への登り口である東を示します。
オリオンの3つ星は航海の神ですが、これは天上への航海でもあるのです。
天に昇る霊魂は北斗に乗って東から昇り、天の川を進みます。
西のサソリ座の神は火の神で、人の行ないを監視して天の神に報告する神です。
そして、ニッラへの降り口を示します。
南斗は生命力を与える蛇の神です。
そして、地下の国と地上を結ぶ舟でもあり、南極星の使者です。
この舟は、地上⇔西⇔南⇔ニッラ の間を航海します。
ニッラには男神である南極星の神「ウマノハノユーヌヌス」がいます。
この神はユーと呼ばれる生命力を地上に与えます。
ニッラは汚れた場所ではなく、生命力の基盤である「根の国」なのです。
ニッラには、西の水平線からではなく、海岸の洞窟などから降りていくこともできます。
<池間島の死生観>
人が誕生した時には、東にある井戸の水を浴びせ、亡くなった時は、西にある井戸の水を浴びせます。
一般の人は、死後、地下のニッラに行きます。
ニッラは祖霊がいる場所です。
墓は、死者にとってニッラに行くまでの仮の家とされます。
死者は、墓と生活空間を行き来しますが、この期間は、いわゆる殯(もがり)の期間で9日間です。
その期間が終わると、洗骨をし、骨は「祖先墓」に移されます。
そして、ニッラに行きますが、3ヶ月の移行期間は行き来をします。
その後に、祖霊となります。
ですが、一般の人と違って、シャーマンや王族のような一部の人間は、死後、天に行きます。
<池間島の祭儀>
池間島の大きな祭は、正月に相当する「サウガツ」、盆・収穫祭に相当する「ミャークヅツ」、立冬祭に相当する「ユークイ」です。
年末には祖霊や地下、地上(御嶽)の神々が天上に集まります。
この時、地上の人々の行ないが報告され、祖霊は人間の弁護をします。
これは、本土の神々が出雲に集う「神無月」に相当するでしょう。
本土の神々は出雲から西方の「常世」に行くのでしょう。
次に、元旦に天の神々によって1年の計画が決められ、7日にはその計画表を地上の神が持って戻ります。
次に、満月の15日の小正月には、地上に戻った祖神が、地上を訪れるので、感謝します。
これに対して、盆には天の神々や祖霊が地上に集まります。
そして、太陽神に収穫物が捧げられ、感謝されます。
立冬祭の「ユークイ」は太陽神の力を呼び戻し、来年の豊作を祈願する祭です。
シャーマン的な巫女である神女達の祈願によって、まず、南極星の男神が祖霊と共に生命力を持って南斗の舟で地上にやってきます。
本土で言う七福神の乗る「宝舟」です。
次に、南極星の男神や祖霊、そしてシャーマンのように脱魂した神女達は北斗の舟に乗り換えて天上にまで昇ります。
そして、太陽神と向かい合い、南極星の男神と北極星の女神は聖婚を行ないます。
これによって太陽神が喜び、復活します。
次に、南極星の男神や祖霊はニッラにまで戻って、生命力ユーを本格的に目覚めさせます。そして再度、地上にそれらをもたらしにやってきます。
*池間島の部分は、松居友「沖縄の宇宙像」を参照
2020年11月12日
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