北米、北東アジアなどの狩猟文化の影響の濃い地域では、クマは特別な動物です。
クマは、人間、もしくは、人間の親戚であり、動物の王であり、戦士であり、シャーマンのようなヒーラーであり、イニシエーションを守護する動物であり、一年の更新に関わる再生の動物であると考えられています。
クマに関する信仰を、北米のネイティブ・アメリカンを中心に紹介します。
<人間としてのクマ>
多くの地域で、クマは人間の親戚のような存在、あるいは、仮に毛皮をまとった人間であると考えられています。
おそらくこれは、クマがときおり二足歩行すること、そして、食性が似ている(木の実、キノコ、果物など人間と似たものを食べることなどから来るのでしょう。
このようにクマを人間に近い存在と考えることは、欧米でテディ・ベアが子供の最初の友人と言われていることとも、無関係ではないでしょう。
<動物の王、戦士としてのクマ>
多くの地域で、クマは、陸上や森の動物の王と見なされます。
無敵の肉食獣でもあるからでしょう。
クマは人間にとっては、襲われることもあれば、狩ることもある動物です。
クマは、戦士としての性質を持っています。
ある部族では、クマの夢を見た者は戦士として優れていると見なされます。
また、ゲルマンのエリート戦士集団のペルセルクは、「クマの戦士」という意味です。
<ヒーラー、シャーマンとしてのクマ>
クマは、薬草の根などを掘り起こして食べることもあるので、薬草に通じたシャーマン的存在と見なされます。
クマは動物界のシャーマン、ヒーラーなのです。
クマの夢を見た者は、ヒーラーとして優れていると見なされる部族もあります。
ヨーロッパでも癒しの動物とされます。
また、クマは何にでも変身できると信じる部族もあります。
部族や個人(クマを守護霊にする)によっては、クマの毛皮を着るシャーマンもいます。
また、ディオニューソスとも同一視されたトラキアの秘儀の司祭ザルモクシスは、「クマの毛皮を着た」という意味です。
<イニシエーションの守護者としてのクマ>
成人などのイニシエーションで、加入者をクマが飲み込み(食べ)、吐き出すという形で、擬死再生儀礼を行う部族が多くあります。
また、イニシエーションに挑む加入者が、クマと見なされることもあります。
ギリシャの成女儀礼であるアルテミスのイニシエーションでも、加入志願者は牝クマと呼ばれました。
これは、クマが動物の王であり、黒く、大きいという性質から来ているのでしょう。
また、クマは冬眠から再生する動物だからでしょう。
イニシエーションの擬死再生儀礼は、クマの冬眠と似ているとも考えられたのです。
そのため、クマの穴のような穴を掘って儀礼に使う部族もあります。
成人イニシエーションと関わりのある神話に、森に置き去りにされて、クマに助けられ、狩りの能力を獲得したといった神話が幅広い地域にあります。
*イニシエーションの志願者を喰うクマ、トリンギット族の彫り物(クマとアメリカ・インディアンの暮らし)
<クマ結社>
スー族、ラコタ族などには、クマ結社が存在し、クマを「守護霊(パワー・アニマル)」になるとこの結社に入ります。
クマは強い力を持っているので、クマを守護霊にした女性、クマを守護霊にした夫を持つ女性は、危険視されます。
そういった女性は、クマを守護霊とする男性としか、結婚・再婚がしづらくなります。
<クマ狩りとクマ送り>
クマを狩る場合は、他の動物以上に、儀礼的に細心の注意が払われます。
例えば、以下のような具合です。
まず、占いで良い結果が出てから狩りに出かけます。
占いは、単なる成否の判定ではなく、狩りの許しをクマの霊や動物の主に得ることになります。
狩りの道具は、すべて儀式で浄化します。
狩人は、夢に見た刺繍模様を施された服を身に着け、クマを狩った後にはクマにそれをかぶせます。
クマのことは「おじさん」、「おばさん」、「いとこ」といった呼称で呼びます。
相手に聞こえて気づかれないように、といった意味もあるかもしれませんが、親愛なる存在として、その生命を尊重するという側面もあるのでしょう。
クリー族は、銃や矢のような飛び道具は使わず、こん棒か斧でしか殺しません。
つまり、正々堂々とした勝負が必要であるということです。
クマ狩りの時に、他の動物を追うことはできません。
クマが待っているのですから。
クマを狩った後には、クマの姿を褒め称え、やむを得なく狩ったことを説明し、動物の主のもとに戻った時には自分が正しい手順でもてなしたことを伝えてほしいと、語ります。
妻は、住居を綺麗に掃除してクマを迎えます。
狩人は、帰宅しても寡黙を貫きます。
殺したクマは、手順通りに丁寧に解体して、無駄なく食します。
その後、クマの頭蓋骨を木の柱に飾って祀ります。
また、アイヌのイオマンテのように、クマを人間同様に大切に育てて、祭りの日に殺して、冥界の神のもとに送り返す儀礼が、幅広く存在します。
この儀礼が、すべての動物の豊猟を保証するのです。
<クマと新年儀礼>
北米のマンシー族、マヒカン族、デラウェア族は、新年に、クマを殺し、クマを天に返してメッセージを届けさせる儀礼を行います。
この儀礼では、冬眠から復活するクマが、年を更新する重要な存在と見なされています。
この新年儀礼は、冬眠からクマが覚めた後の時期に、新月の夜に始めます。
儀礼を始める前に、儀礼で使うクマ狩りが行われます。
儀式用の小屋には、12の階段のある世界樹を立てます。
この儀礼は、天の12層に合わせて12晩続きます。
クマは初日に世界樹の根元で死に、一晩ごとに12層の天を昇って、最終的にクマは人々のメッセージを創造主に伝えます。
大熊座が天上にいるクマとされ、季節の星の動きも、この儀礼と関係しています。
春には、大熊座が冠座(巣穴)から出てきて、夏には、狩人座が大熊座を追いかけ、秋には、仕留めるのです。
<中南米のジャガーとトウモロコシ>
アジアからアラスカ回りで北米大陸に渡ってきたネイティブ・アメリカンが、米大陸を南下する途中で、クマの信仰はジャガーの信仰に置き換えられました。
オルメカ、マヤ、アステカ、インカの人々は、ジャガーを神としてあがめました。
マヤでは、ジャガーは地下世界の存在であり、地下の太陽と見なされることもありました。
また、太陽が夜にジャガーに手助けをしてもらって地下を潜り抜け、また昇ると考えられることもありました。
アマゾン北部では、ジャガーはシャーマンの味方であり、守護者であると考えられることが多いようです。
また、クマの信仰は、狩猟文化に基づいて始まりましたが、農耕を受け入れた部族では、クマは穀霊(トウモロコシの霊)と習合していきました。
2020年11月25日
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