2020年11月25日

ヒーラーでありイニシエーションの守護者であるクマ

北米、北東アジアなどの狩猟文化の影響の濃い地域では、クマは特別な動物です。

クマは、人間、もしくは、人間の親戚であり、動物の王であり、戦士であり、シャーマンのようなヒーラーであり、イニシエーションを守護する動物であり、一年の更新に関わる再生の動物であると考えられています。

クマに関する信仰を、北米のネイティブ・アメリカンを中心に紹介します。


<人間としてのクマ>

多くの地域で、クマは人間の親戚のような存在、あるいは、仮に毛皮をまとった人間であると考えられています。

おそらくこれは、クマがときおり二足歩行すること、そして、食性が似ている(木の実、キノコ、果物など人間と似たものを食べることなどから来るのでしょう。

このようにクマを人間に近い存在と考えることは、欧米でテディ・ベアが子供の最初の友人と言われていることとも、無関係ではないでしょう。


<動物の王、戦士としてのクマ>

多くの地域で、クマは、陸上や森の動物の王と見なされます。
無敵の肉食獣でもあるからでしょう。

クマは人間にとっては、襲われることもあれば、狩ることもある動物です。

クマは、戦士としての性質を持っています。
ある部族では、クマの夢を見た者は戦士として優れていると見なされます。
また、ゲルマンのエリート戦士集団のペルセルクは、「クマの戦士」という意味です。


<ヒーラー、シャーマンとしてのクマ>

クマは、薬草の根などを掘り起こして食べることもあるので、薬草に通じたシャーマン的存在と見なされます。
クマは動物界のシャーマン、ヒーラーなのです。

クマの夢を見た者は、ヒーラーとして優れていると見なされる部族もあります。
ヨーロッパでも癒しの動物とされます。
また、クマは何にでも変身できると信じる部族もあります。

部族や個人(クマを守護霊にする)によっては、クマの毛皮を着るシャーマンもいます。

また、ディオニューソスとも同一視されたトラキアの秘儀の司祭ザルモクシスは、「クマの毛皮を着た」という意味です。


<イニシエーションの守護者としてのクマ>

成人などのイニシエーションで、加入者をクマが飲み込み(食べ)、吐き出すという形で、擬死再生儀礼を行う部族が多くあります。

また、イニシエーションに挑む加入者が、クマと見なされることもあります。
ギリシャの成女儀礼であるアルテミスのイニシエーションでも、加入志願者は牝クマと呼ばれました。

これは、クマが動物の王であり、黒く、大きいという性質から来ているのでしょう。

また、クマは冬眠から再生する動物だからでしょう。
イニシエーションの擬死再生儀礼は、クマの冬眠と似ているとも考えられたのです。
そのため、クマの穴のような穴を掘って儀礼に使う部族もあります。

成人イニシエーションと関わりのある神話に、森に置き去りにされて、クマに助けられ、狩りの能力を獲得したといった神話が幅広い地域にあります。

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*イニシエーションの志願者を喰うクマ、トリンギット族の彫り物(クマとアメリカ・インディアンの暮らし)


<クマ結社>

スー族、ラコタ族などには、クマ結社が存在し、クマを「守護霊(パワー・アニマル)」になるとこの結社に入ります。

クマは強い力を持っているので、クマを守護霊にした女性、クマを守護霊にした夫を持つ女性は、危険視されます。
そういった女性は、クマを守護霊とする男性としか、結婚・再婚がしづらくなります。


<クマ狩りとクマ送り>

クマを狩る場合は、他の動物以上に、儀礼的に細心の注意が払われます。
例えば、以下のような具合です。

まず、占いで良い結果が出てから狩りに出かけます。
占いは、単なる成否の判定ではなく、狩りの許しをクマの霊や動物の主に得ることになります。

狩りの道具は、すべて儀式で浄化します。
狩人は、夢に見た刺繍模様を施された服を身に着け、クマを狩った後にはクマにそれをかぶせます。

クマのことは「おじさん」、「おばさん」、「いとこ」といった呼称で呼びます。
相手に聞こえて気づかれないように、といった意味もあるかもしれませんが、親愛なる存在として、その生命を尊重するという側面もあるのでしょう。

クリー族は、銃や矢のような飛び道具は使わず、こん棒か斧でしか殺しません。
つまり、正々堂々とした勝負が必要であるということです。

クマ狩りの時に、他の動物を追うことはできません。
クマが待っているのですから。

クマを狩った後には、クマの姿を褒め称え、やむを得なく狩ったことを説明し、動物の主のもとに戻った時には自分が正しい手順でもてなしたことを伝えてほしいと、語ります。

妻は、住居を綺麗に掃除してクマを迎えます。
狩人は、帰宅しても寡黙を貫きます。

殺したクマは、手順通りに丁寧に解体して、無駄なく食します。
その後、クマの頭蓋骨を木の柱に飾って祀ります。


また、アイヌのイオマンテのように、クマを人間同様に大切に育てて、祭りの日に殺して、冥界の神のもとに送り返す儀礼が、幅広く存在します。
この儀礼が、すべての動物の豊猟を保証するのです。


<クマと新年儀礼>

北米のマンシー族、マヒカン族、デラウェア族は、新年に、クマを殺し、クマを天に返してメッセージを届けさせる儀礼を行います。
この儀礼では、冬眠から復活するクマが、年を更新する重要な存在と見なされています。

この新年儀礼は、冬眠からクマが覚めた後の時期に、新月の夜に始めます。
儀礼を始める前に、儀礼で使うクマ狩りが行われます。

儀式用の小屋には、12の階段のある世界樹を立てます。
この儀礼は、天の12層に合わせて12晩続きます。
クマは初日に世界樹の根元で死に、一晩ごとに12層の天を昇って、最終的にクマは人々のメッセージを創造主に伝えます。

大熊座が天上にいるクマとされ、季節の星の動きも、この儀礼と関係しています。
春には、大熊座が冠座(巣穴)から出てきて、夏には、狩人座が大熊座を追いかけ、秋には、仕留めるのです。


<中南米のジャガーとトウモロコシ>

アジアからアラスカ回りで北米大陸に渡ってきたネイティブ・アメリカンが、米大陸を南下する途中で、クマの信仰はジャガーの信仰に置き換えられました。

オルメカ、マヤ、アステカ、インカの人々は、ジャガーを神としてあがめました。

マヤでは、ジャガーは地下世界の存在であり、地下の太陽と見なされることもありました。
また、太陽が夜にジャガーに手助けをしてもらって地下を潜り抜け、また昇ると考えられることもありました。

アマゾン北部では、ジャガーはシャーマンの味方であり、守護者であると考えられることが多いようです。


また、クマの信仰は、狩猟文化に基づいて始まりましたが、農耕を受け入れた部族では、クマは穀霊(トウモロコシの霊)と習合していきました。
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2020年11月23日

西アフリカのヒーリング・ドラム

西アフリカの音楽家(ドラマー)は、ヒーラー(呪医)です。
音楽家は、患者を即興的に踊らせながら、診断し、ドラミングによって治療します。

以下、マリのパーカッショニスト、ヤヤ・ジャロの「アフリカの智慧、癒しの音」を参照して、西アフリカのヒーリング・ドラムについて紹介します。

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<マリの音楽とダンス>

世界の多くの伝統的な文化では、音楽は単なる娯楽ではなく、個人の表現でもありません。
特定の場面で、それに応じた音楽が、宗教的、社会的、儀礼的、呪術的な目的を持って演奏されます。
音楽は、自然や精霊に影響を与えるものなので、場違い、時違いに音楽を演奏することは、許されません。

マリ(西アフリカ)でも、必要な時に、それに適した音楽(リズム)が演奏され、ダンスを踊ります。

マリでは、音楽は、労働に敬意を表す、共同体を祝福する、個人の存在を確認する、精神病を予防する、目に見えない世界と交流する、猛獣のなだめるため、雨を降らせるため、妊娠させるため…などなどのために演奏されます。

職業ごとにも、固有のリズムとダンスがあります。
中でも狩猟者のリズムとダンスは、素早く、奇妙なものです。

もちろん、儀礼ごと、そのプロセス、次第ごとにリズムとダンスがあります。
例えば、葬式の時には、遺体の移動時の音楽、埋葬時の音楽、埋葬後の音楽…などなどがあります。

成人儀礼でも、特別な楽器を作り、特別なリズムとダンス(入会のダンス)を学びます。
そのリズムとダンスは、自分が長老になって加入者に教えるまで、演奏することはありません。

人々がダンスをすると、そこに必ず精霊達がやって来ると考えます。
そして、精霊達が一緒に踊ると、トランスを伴ったダンスになります。
トランスに入れるためのリズムと、平常に戻すためのリズムがあります。
トランス状態になると、予言などを行うこともあります。


<ヒーリング・ドラム>

マリ(西アフリカ)では、音楽家(ドラマー)はヒーラー(呪医)です。

ヒーラーにとって、音楽は、目に見えない世界を媒介し、人間と環境との調和を回復させる存在です。
特に、バラフォンは、見えない世界の楽器であり、水と風の要素に関わる楽器です。

音楽家の見習いは、最初の1年間は、聴く訓練だけをします。
新しいリズムを学ぶことは、人格のより高い段階の音楽を伝授されることです。

ヒーラーとしての音楽家は、踊り手がダンスするのを見ながら、そのダンスに合う音を即興で演奏します。

演奏しながら、踊り手のダンスを細かく観察して、その人の精神の不調を発見します。
患者の内面に同調して、ふさわしいリズムを見つけて、そのリズムによって治療をします。

2人のドラマーがいると、それぞれが踊り手の上半身と下半身に対応して演奏します。
また、太鼓は胴体に、ベルは頭に共鳴します。

ドラマーは、踊り手の体の特定の部位に向けて音を送ることができます。
そして、リズムによって、その場所の治療します。

ヒーラーとしての音楽家は、人体組織や邪悪な精霊に関する知識が必要です。
病気に精霊が関わっている場合は、その精霊に相応しいリズムを演奏することで、その精霊を追い出します。

治療の対象は、個人とは限りません。
伝統的な文化では、個人の精神の異常は、共同体の異常と一体と考えられることもあります。一時的に異常になる人間は、共同体にメッセージを伝えるために先祖が選んだ人間だと考えられることもあります。
その場合は、個人の健康の回復には共同体の健康の回復が必要とされます。
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2020年11月20日

母なる大地を守るために農業を拒否した言葉(ワナプーム族)

かつて、カナダのマクマレーの市長が、ワシントン条約によって、インディアンに定住と農業を要求した時に、ワナプーム族の酋長のスモハラが行った返答は、有名です。


◇◇◇◇

あんたはわしに土地を耕せと言う。
わしにナイフを持って母親の胸を切り裂けと言うのか?
わしが死ねば、もはやわしをその胸に憩わせてはくれぬだろう。

あんたはわしに石を求めて掘れと言う。
わしに母の肌の下のその骨を掘れと言うのか?
わしが死ねば、蘇るために母の体を角絞めることももはやかなわない。

あんたはわしに草を刈り、藁を作り、それを売り、白人のように金持ちになれと言う。
どうしてわしに母親の髪を切ることができるというのか?

これは悪い決まりである。
我が一族はこのような決まりを守ることはできない。
わしは、我が一族は、わしのいるここに残ることを望む。

すべての死んだ者は新しい生へと目覚めるだろう。
彼らの霊は再びもとの体に戻るだろう。
我々は父祖の棲むこの地で待たねばならぬ。

◇◇◇◇


この酋長の世界観は、狩猟文化のそれです。
「原地母神(太母)」の自然な創造性を信仰し、不要な生命の殺傷を行いません。
ですが、田畑を耕すことは、地母神である大地を傷つけることであり、そこにいた植物を殺し、動物を追いやることです。

農業文化が行うこの自然破壊、生産の強要は、自然な大地の創造力の否定であり、それは同時に、人間の自然な無意識の創造力を否定することでもあります。

自然に生まれる恵みだけを受け取って生きる狩猟民にとって、それは耐えられない「生」の否定なのです。
posted by morfo3 at 04:36| Comment(0) | その他の雑文・雑論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする